Audrey Hepburn


鳳凰(オードリィー)平富(ヘップ)場安(バーン)

鳳凰は地球の平和と安心の場を希求して
貧富の差を無くす為にユニセフの活動を続けた。

■一緒懸命展の作品として出品します。乞う!ご期待■
大学時代の憧れの人、理想の女性だったAudrey Hepburn
40年たった今も尚、根底にそれがあるのかも知れない
彼女がユニセフで辿った道を、少しでもマネをして
そんな想いがあって活動させていただいています

晩年 [編集]
1989年の引退後に、国際連合児童基金(ユニセフ)のユニセフ親善大使に就任し、当時内戦の続くソマリアやスーダンなどの子どもたちに笑顔を届けた。就任の際に、オードリーは「わたしは、ユニセフが子どもにとってどんな存在なのか、はっきり証言できます。なぜって、私自身が第二次世界大戦の直後に、食べ物や医療の援助を受けた子どもの一人だったのですから」と語っている。その一方で『世界の庭園(庭園紀行)』という番組のホスト役として、7ヶ国、16の庭園を訪れる。
1993年1月20日、スイス・ローザンヌ近郊のトロシュナ村で大腸癌のため亡くなる。
死後10年以上経つ現在でもなお「スクリーンの妖精」として世界中のファンを魅了し続けている。
評価 [編集]
『シャレード』(1963)ケーリー・グラントと2009年現在、アカデミー賞、トニー賞、エミー賞、グラミー賞を全て獲得した9名の中の一人である。
AFI(米国映画協会)が選出した「最も偉大な女優50選」では第3位である。また、同協会が2002年に選出した「最も愛すべきラブストーリー・映画ベスト100本」にも第4位に『ローマの休日』が、第12位に『マイ・フェア・レディ』が、第54位に『麗しのサブリナ』が、第57位に『いつも二人で』、第61位に『ティファニーで朝食を』が、それぞれ選ばれている。