ボランテイア活動の原点
50歳の時、手塚治のブッダを読んでインドへの旅を思い立ちました。
お釈迦様が初めて説法をしたという場所へ行きたいと思いました。
途中、カルカッタへよりマザーハウスに立ち寄りました。
「死を待つ人の家」で半日ですが、お手伝いに行きました。
配膳・入浴のお手伝い・食事のサポートetc
リーダーの指示に従って見よう見まねでさせて頂きました。
その後、点滴をしてマットに寝ている人への食事の介護をしました
不自然な姿勢で食べさせている私にその老人は僕の眼を見つめて
体をずらせて座るように<愛図>をして下さいました。
その老人は僕に思いやりをして下さったのです。
この瞬間、僕は脳に一撃を食らったように、深い恥ずかしさに襲われました
「親切にしてあげている」「ボランテイアをしている」「あなたのために・・・」
自分の傲慢な奢りに恥ずかしさを覚えました
あの時のあの老人のまごころと思いやりが忘れられません。
塾を始めたキッカケは、大儲けをして小児マヒの子供たちの施設を作ろうと
そのことも確かな開塾の動機一つでした
50になって、20億30億のそういう思いは難しいと感じて来ていました
あの老人の眼に悟らされたように、『できることから始めよう』と思い立ちました
できること?それが僕にとっては字を書くことでした
2002年にデビューをして、あれから12年、現在に至っています
おそらくマザーテレサに出会っていなかったら・・・
マザーハウスにはマザーテレサが座っています
実物大の木彫のマザーが、あの姿で座っています
優しさに満ち溢れた姿で輝くようなオーラを発しています
マザーテレサとの出愛、それが僕のボランテイア活動の始まりです